医療について
エホバの証人は信仰を医療に取って代わるものとは考えていない。
血液に関するエホバの証人の宗教的立場が問題となったのは,1945年からです。軍隊で行われていた同種(ドナー)血輸血の慣行を,第二次世界大戦後に一般病院でも実施することが検討されたときでした。5 これは,輸血の重大な危険が幾つかすでに分かってきていたにもかかわらずに起こったことでした。6 エホバの証人は,信者たちが輸血を受けずに質の高い医療を受けられるように,世界の主要都市に医療機関連絡委員会(HLC)の世界的なネットワークを設立しました。要請があれば,委員会のメンバーは臨床医と患者に情報を提供し,患者が自身の希望,価値観,宗教的良心に沿った質の高い医療を受けられるよう援助することができます。医療の専門家たちだけでなく,7 政府当局もHLCネットワークの価値を認めています。8
1970年代後半には,エホバの証人に対する無輸血での複雑な手術が成功しており,その際の死亡のリスクが増大しないことを示す医学報告が発表され始めました。9 そうした医学報告に刺激され,またヨーロッパや北米で大々的に報道された汚染血液スキャンダルもあり,「無輸血で内科的外科的治療を行う医療機関……が出現し発展しました。その目的は,一般の人々の意識を高め,態度を変え,標準的治療を見直し,全ての患者の転帰を改善することでした。その結果,輸血を避けたり,できるだけ抑えたりするのが全ての患者にとって賢明だという認識が広まりました」。10
1980年代後半になると,当初エホバの証人を治療するために開発された,輸血を回避するための臨床戦略が医学界の注目を集め,やがて「患者の血液管理(Patient Blood Management: PBM)」という簡略化された手法として知られるようになりました。PBMは,患者自身の血液を温存して管理する種々の方法を採用することを指しています。リチャード・K・スペンス博士(アメリカ合衆国)とヨッヘン・エアハルト教授(ドイツ)は,次のように手短に述べています。11
「現代の血液管理は,1980年代に3つの異なる現象から始まった。デントン・クーリーによる,エホバの証人の患者に同種血輸血なしで開心術を成功させることができるという証明,後天性免疫不全症候群(AIDS)の出現……そしてパーフルオロカーボンをベースとした酸素運搬体の臨床試験である。
「クーリーの成功は,エホバの証人の患者を治療する他の人々を勇気づけ,世界中に『無輸血手術』センターを設立するきっかけとなった……エイズが血液製剤の輸血によって感染する可能性があることがわかり,医学界を震撼させた……パーフルオロカーボンをベースとした酸素運搬体による試験は……輸血に代わる方法を提示した。『代用血液』は一般的な使用として承認されることはなかったが,これらの患者を治療した経験は,輸血が必ずしも必要でないことを認識させる画期的なものであった……『無輸血手術』は好評を博するにつれて,政府機関や新しい学会を通じて全国的な発言力を持つようになった。」
2010年,世界保健機関(WHO)の主要な意思決定機関である世界保健総会は,世界の全ての国に対し,輸血の代替療法とPBMプログラムの利用可能性の促進を奨励する決議を公表しました。こうした療法やプログラムが「臨床転帰の改善とコスト削減に関連することが判明した」と述べています。12
2021年,WHOは『患者の血液管理の緊急導入の必要性』(The Urgent Need to Implement Patient Blood Management)というポリシーブリーフを発表しました。この文書は,患者自身の血液を最適に利用して同種血輸血を回避する内科的・外科的戦略の普及を奨励しています。この文書では,そうした戦略を体系的に使用すれば,優れた臨床転帰(死亡率の低下,入院期間の短縮),医療の質の向上(貧血管理,手術による出血の減少,医原性出血の減少),患者の安全性の向上(術後感染率の低下,輸血感染症の回避,輸血合併症の回避),同等またはそれ以下のコスト,患者の権利の尊重につながることを強調しています。13
世界中の一流の医師たちや医療機関が,無輸血で患者(成人および小児)を治療することの利点を認めています。世界中のキー・オピニオンリーダーたちによる45の医療の専門家による意見書の抜粋が,このウェブサイトに掲載されています。(専門家の意見書>医療の専門家の意見書)以下は,それら専門家の意見書の幾つかの抜粋です。
「査読済みの医学研究が示す通り,輸血を受けた患者の場合,輸血後,免疫機能は著しく低下し,癌の再発などに悪影響を及ぼします。一方,輸血を受けなかった患者は,輸血を受けた患者よりも明らかに結果が良好です。……無輸血治療の経験は,輸血の危険性を示す医学研究と共に,全ての患者により良い医療を提供する点で役立っています」。土岐祐一郎教授,大阪大学医学部附属病院(日本,大阪)
「……私は個人的または宗教的な理由で輸血を拒否する何百人もの患者を担当する機会に恵まれてきました。……患者層は小児から非常に高齢者まで幅広く,……同種血輸血を拒否した患者層の臨床結果は非常に良好であり,これらのクリニカルパスを全ての患者に採用しました。……BMS(無輸血医療/手術)治療を選択して治療された患者は,成人,小児を問わず,同種血輸血療法に頼って治療された患者と同じか,それ以上に良好であることが,多くの医学的研究で実証されています。このような手段を用いることは,医療システムの大幅なコスト削減にもつながります」。アリエ・シャンダー教授,イングルウッド・ヘルス(アメリカ合衆国,ニュージャージー州イングルウッド)
「過去20年間において,輸血を回避しつつも優れた臨床転帰をもたらす効果的な治療方法について多くの点を学んできました。実際,このような血液保存法は非常に有益であり,輸血を受け入れる患者にも使用することにより,回避可能な輸血を減少させ,血液を節約してコストを削減することができます。……当院では,経験や発表された研究結果から,患者が輸血を拒否した場合でも無輸血でうまく治療できること,および成人患者でも小児患者でも適切にケアすれば優れた転帰を得られると認識しています。無輸血治療の分野はもはや新しいものではなく,血液温存法は世界中で使用されており,完成されつつあります」。スティーブン・M・フランク教授,リンダ・M・S・リサール教授,ポール・M・ネス教授,ジョン・A・ウラトフスキー教授,ジョンズ・ホプキンズ医療機関(アメリカ合衆国,メリーランド州ボルチモア)
「現在までに,私たちの無輸血JWプログラムにおいて,主要な血液製剤を使用せずにエホバの証人に実施した複雑な手術症例は2500以上に上ります。それには,成人および小児の心臓・肝臓・腎臓移植,また複雑な三次的手術が含まれます。……結果は,同等の患者タイプにおいて,非JW患者における結果と同等かそれ以上でした。……輸血回避の実践を広く普及させるために残る唯一の障壁は,輸血回避戦略を学び,取り入れることができないと思われる医療従事者たちの閉鎖的な考え方です」。R・リック・セルビー教授,ランディ・ヘンダーソン氏,南カリフォルニア大学ケック医療センター(アメリカ合衆国,カリフォルニア州ロサンゼルス)
「無輸血治療の経験は,……全ての患者により良い医療を提供する点で役立っています」。
「世界中の何百万人もの患者が……恩恵を受けています。……エホバの証人の信仰を持つ患者の治療を受け入れることによって,私たちの医療システムは大きく改善された[の]です」。
「……心臓手術を受ける患者の平均血液使用量が劇的に減少したのは,証人患者が医学知識に貢献したからであり,世界中の何百万人もの患者がその恩恵を受けています。……エホバの証人の信仰を持つ患者の治療を受け入れることによって,私たちの医療システムは大きく改善された[の]です。私たちの研修医も恩恵を受け,この経験によって,より優れた外科医になっています」。フレイザー・D・ルーベンス教授,オタワ大学心臓研究所(カナダ,オンタリオ州オタワ)
「……私は臨床と研究の経験から,たとえ大手術であっても輸血が必要になることはほとんどなく,多くの代替手段があること,そして輸血を避けたほうが患者の予後がよくなることが多いことを学びました。実際,当院のエホバの証人の患者たちは,どの患者グループよりも最良の結果を得ていています。私はエホバの証人やその子どもたちが手術を必要とする場合には,いつでも喜んで相談に乗り,お世話をさせていただいています」。アンドリュー・A・クライン教授,ロイヤル・パプワース病院NHS財団トラスト(イギリス,ケンブリッジ)
「過去15年間,エホバの証人の患者を定期的に診てきましたが,どの患者も,治療方針の一部に輸血が含まれていない限り,提案する治療方針を素直に受け入れてくれます。……エホバの証人の信条を尊重して治療することが,一般の患者の治療よりリスクが高いとは思いません」。アラン・ピグネ教授,ジョフロワ・サンティレール私立病院(フランス,パリ)
「PBMの導入は切実に必要とされています。同種(ドナー)血輸血と患者の転帰に関する文献を調べれば,考えさせられます。出血していない患者にとって輸血が有益であるというエビデンスはほとんどなく,重症患者であってもそうです。……私たちは言うまでもなく,この患者グループとその信条を受け入れるよう医師たちに勧めます。特に最近の医学の進歩を考えると,医師が技術不足のために,あるいはおそらくPBMを導入したくないがために,エホバの証人の患者の治療を拒むなどということは受け入れられません。PBMのあらゆる選択肢を活用すれば,患者の安全性と治療成績は向上します。そういうわけで,私たちはすべての患者にPBMストラテジーを適用しています」。カイ・ザカロウスキー教授,フランクフルト大学病院,ゲーテ大学(ドイツ,フランクフルト)
「私は輸血の代替治療ストラテジーに30年の経験があります。……間違いなく輸血を避けた方が,回復が早く,肺への負担が少なく,統計的に感染症も減少するということもわかりました。……エホバの証人の親は,血液や血液製剤を避ける可能性について常に十分な情報を得ており,輸血を使用せずに子どもへの治療を成功させるための最先端の技術も知っています」。パオロ・シマート教授,ヴィラ・トーリ病院(イタリア,ボローニャ)
「PBMを臨床ルーチンに導入することは,輸血率の大幅な減少,術後転帰の改善,入院期間の短縮につながります。……親が輸血を拒否した結果,子どもが被害を被ったことはありませんし,裁判に持ち込む必要も全くありませんでした。……今となっては,『輸血なし』の医療を受けたいというエホバの証人の願いは,もはや風変わりなものではなく,全ての人にとって望ましい医療モデルとなっています」。アントニオ・ペレス・フェレール教授,インファンタソフィア大学病院(スペイン,マドリード)
「私はこれまで何年も,外科がん専門医として多くのエホバの証人に協力する機会がありました。私の印象は,全体として素晴らしいものです。……多数の科学的研究から証明されているように,[PBM]の導入は,入院期間の短縮,術後合併症の減少,および患者についてのすべてのパラメーターの全体的な改善に大いにつながっています」。イオアニス・G・カクラマノス教授,「聖アナルギロイ」キフィシアがん総合病院(ギリシャ,アテネ)
「私は30年来,エホバの証人やそれ以外の人々の子どもたちの先天性心疾患の手術を無輸血で成功させてきました。……結果が明らかに示すのは,輸血を受けなかった子どもたちの方が回復が早く,集中治療室での滞在期間が短く,術後合併症が少ないということでした。……エホバの証人の親たちと長年接してきた経験から言うと,賢く子どもをよく世話する親たちで,子どもたちをよく育てています」。マレック・M・ワイツ医師,上シレジア小児保健センター(シレジア医科大学)(ポーランド,カトヴィツェ)
上記の専門家の意見が裏付けるように,子どものために輸血以外の質の高い医療を求めるというエホバの証人の親たちの選択は,親の側の「ネグレクト」ではありません。むしろ,それは宗教的良心に基づく誠実な選択であり,それにはさらに確かな医学的根拠もあります。渋谷名誉教授は次のように説明しています。(渋谷教授の専門家意見書)
「……世界保健機関(WHO)は,『世界のあらゆる地域からの証拠は,異なる病院間,異なる臨床専門分野間,さらには同じチーム内の臨床医間でさえ,臨床血液が使用されるかどうかにかなりのばらつきがあることを示している』と明言している。このことは,血液と血液製剤がしばしば不適切に使用されていることを示唆している……。14 明らかに,医師が輸血を『必要』と考えているというだけでは,世界保健機関(WHO)が明確に述べているように,実際に輸血が必要だということにはならない。
さらに,世界保健機構(WHO)はすべての国(ひいてはすべての医師や病院)に対して,輸血を避けるか最小限にとどめるよう,患者中心の輸血医療(Patient Blood Management)と呼ばれる方法を用いるよう勧告している。世界保健機関(WHO)は,これは医学的に深刻な『輸血のリスク』のためであると説明している……。15 したがって,親が医師に輸血の代替手段を用いるよう求めることは,明らかに『児童虐待』ではない。
……実際には自分の子どもが病気や病気になった場合に,エホバの証人の親が治療のために子どもを医師や病院に連れて行くことは広く知られている。まれに医師が輸血は必要かもしれないと考えた場合,親は無輸血治療に詳しい経験豊富な医師に相談するよう,担当医師に依頼する。これは子どものネグレクトではなく,むしろ,憲法第20条によって保護されている,親の誠実な宗教的信念の行使である。
輸血が緊急に必要と医師が判断した場合,法律により,医師は児童相談所に通告して介入を要請することができる。両親の意見を聞いた上で,児童相談所が輸血は必要であり,代替医療がないと判断した場合,児童相談所が代諾することができることになる。繰り返しになるが,これはネグレクトの状況ではない。このような場合,子どもは病院にいて,客観的に必要と考えられる治療を受けることになる」。
「……両親が……輸血を拒否しただけでは,親としての責任を十分に果たせないという評価の根拠とはなりえない」。
以下の判決が裏付ける通り,日本だけでなく世界中の裁判所が同意しています。
「……[父親]が列挙する[エホバの証人の信条や活動に関する]主張はたやすく認めがたく,……輸血の問題は医師の決める事項であるから,[母親]の輸血否定の信念が[子]の生命を危険ならしめるとまでは言いきれない」。東京高等裁判所,昭和50年10月19日,事件番号昭和54年51(ラ)第26号
「輸血の問題については,現在,この問題を回避するための非血液製剤が利用可能であり,いずれにせよ,緊急の場合には,裁判所の決定によってこれを覆すことができると考えられる。いずれにせよ,この考慮点のみでは,[母親が]娘たちの健康に関心がないという疑いには至らない」。フランス,ドゥエー控訴院,1999年
「母親が輸血に断固として反対し,意思決定過程において代替治療方法を好むことは,子どもの福祉に反するものではない」。ドイツ,ベルリン控訴裁判所,2022年
「……両親が宗教的信条に従って輸血を拒否しただけでは,親としての責任を十分に果たせないという評価の根拠とはなりえない」。イタリア,ミラノ控訴院,2020年
以上のことから,エホバの証人が自分自身と自分の子どもたちのために,可能な限り最善の医療を受けようと努力していることが分かります。エホバの証人は思いやりがあり,愛情深い親であるということです。
1. Zenon M. Bodnaruk, Colin J. Wong & Mervyn J. Thomas, “Meeting the Clinical Challenge of Care for Jehovah’s Witnesses,” Transfusion Medicine Reviews 18:2 (2004: 105)106.
2. Craig S. Kitchens, “Are Transfusions Overrated? Surgical Outcome of Jehovah’s Witnesses,” American Journal of Medicine 94 (February 1993): 117, 118.
3. 聖書: 使徒の活動15章29節。創世記 9章4節,レビ記 17章10節,申命記 12章23節にも記されている。
4. Management of Anaesthesia for Jehovah’s Witnesses (London: The Association of Anaesthetists of Great Britain and Ireland, 2005), 8.
5. Harvey J. Alter & Harvey G. Klein, “The hazards of blood transfusion in historical perspective,” Blood, 112:7, (October 2008): 2617.
6. B. Chown, “Transfusions are dangerous,” Canadian Medical Association Journal, 77:11 (1957): 1037.
7. A. A. Klein et al., “Association of Anaesthetists: anaesthesia and peri-operative care for Jehovah’s Witnesses and patients who refuse blood,” Anaesthesia, 2019, Volume 74, pp. 74-82.
8. “Bloody Easy 4, Blood Transfusion, Blood Alternatives and Transfusion Reactions: A Guide to Transfusion Medicine,” 4th ed. (2016, Ontario Regional Blood Coordinating Network), p. 145.
9. David A. Ott & Denton A. Cooley, “Cardiovascular Surgery in Jehovah’s Witnesses,” Report of 542 operations without blood transfusion,” JAMA 238 (1977): 1256.
10. Aryeh Shander & Lawrence T. Goodnough, “Objectives and Limitations of Bloodless Medical Care,” Current Opinion in Hematology 13 (2006): 462, 464.
11. Spence R.K, & Erhard J., “History of patient blood management,” Best Practice & Research Clinical Anaesthesiology 27 (2013) 11-15.
12. Patrick Meybohm et al., “German Patient Blood Management Network: effectiveness and safety analysis in 1.2 million patients,” British Journal of Anaesthesia, 131(3):472-481 (2023), p. 473.
13. 世界保健機関,“The urgent need to implement patient blood management: policy brief,” 2021.
欧州委員会も同様の勧告を行っている。以下を参照。欧州委員会,消費者・健康・農業及び食料執行局。Nørgaard A, Kurz J, Zacharowski K, et al, “Building national programmes on Patient Blood Management (PBM) in the EU: A guide for health authorities,” Publications Office, 2017.
14. この見解は,「世界保健機関(WHO)の “The clinical use of blood in general medicine, obstetrics, paediatrics, surgery and anaesthesia, trauma and burns,” Geneva: WHO; 2009」の9ページで言及されている。
15. この見解は,「世界保健機関(WHO)の “The urgent need to implement patient blood management: policy brief,” 2021」の1ページで言及されている。